イネイブリングしてませんか?

先日、SNSのリンクで紹介されていた
漫画『だらしない夫じゃなくて依存症でした
読みました。

9話+番外が無料で読めるこの漫画。
中心はアルコール依存からの脱却についてだけど、
薬物依存やギャンブル依存なども取り上げられていて、
なかなかのヘビーな内容。

この漫画のイイところは、
「……で、どうやって回復するの?」
に比重が置かれている点。

ただ「ウソー」「シンドイなぁ」「タイヘンだぁ」
と症状を紹介するだけじゃなくて、
症状の構造や背景から説明があり、
そこを踏まえて、どうやって回復するか?について
「なるほど」「確かに」と理解しながら読める点。

何度か読み返しているうち、
とくに「第6話」を読んでいて
ふと気が付きました。

家事を家族に依存するのも
ある種の依存症

と。

依存症の定義として、
・自分や周りに損失がある
・自分でコントロールできない
・”ほどほどに”ができない
と書かれています。

確かに、 家事を家族に依存することで、
時間や労力、ストレス、子どもの悪い見本、夫婦の人間関係など、
周囲に損失が発生します。

自分でコントロールできないについては、
家事依存には当てはまらないかな?と思いながらも、
家事できる時間に帰宅できないことや、
家族(親世代)が家事することをヨシとしないなど、
もしかして当てはまるかも?とも。

”ほどほどに”は、当てはまらないかも。

僕が、
家事を家族に依存するのも、 ある種の依存症かも
と思ったのは、
その定義の先の
依存症との付き合い方について読んでいた時でした。

とくに「イネイブリング」について。
イネイブリングとは、
依存症者の問題を助長させてしまう行為のことで、

「 たとえば二日酔いで朝起きてこない本人に代わって会社に電話を入れる、サラ金の借金を返してあげるなど、 周囲がよかれと思ってすることがイネイブリングになりがちです。責任の肩代わりをすると本人が感じるべき後悔や痛みを軽減してしまうため、本人は嫌な思いをせずにすみます。」
アルコール依存症治療ナビ.jpより)

家事依存では、
このイネイブリングが常に起こっています。

・脱ぎっぱなしの服を、(脱いだ人に代わって)洗濯カゴにいれる
・放置された食後の皿を(食べた人に代わって)片付ける
・金銭管理を(稼いだ人に代わって)引きうける
・クリーニングを(着る人に代わって)取りに行く
などなど。

ただし、
上の引用と見比べると、
イネイブラーが「よかれと思う」意識が少ないし、
(金銭管理は、その意識があるかも)
「本人が感じるべき後悔や痛み」が皆無なのが、
家事依存と依存症一般との違いだといえます。

上の引用の後半部分をちょっと入れ替えると、
「 家事を肩代わりをすると本人が感じるべきメンドウくささ疲れを軽減してしまうため、本人は嫌な思いをせずにすみます。
になります。ピッタリ!
そりゃ、このままでイイや!と思ってしまうわけです。

話はこういった現状の分析だけでなく、
具体的な対策の話にもふれますが、
その前提として、紹介されていたのが、

「きちんと交流をとることで、
 本人がいつかのタイミングで
 やめたいと言い出せる関係を作る
 ことが大切です」
第6話18ページ)

これです!これ!
これって、家事自立してもらうために
とっても必要な要素です。

責めたり、
 お酒を飲んでいることを
 疑ったり、
 離婚届を突きつけて
 脅したり…していると
 関係上
 やめたいと
 言い出したくても
 言い出せない
のです」
第6話18ページ)

同じページの二つの引用は、
まさに
家事自立のために必要な基本要素。
家事自立の場合は、
「やめたい」ではなく「自分でやる!」ですが。

そのためには
・私を主語にして話す
「なんで(あなたは)やってくれないの?」
ではなく、
「片付けてくれると、ワタシは助かるから
…お願いしてもイイかな?」

・具体的に簡潔に話す
「自分のことは自分でやって!」
 だと具体的じゃない

「いつもやってるワタシの身になって!
 毎日毎日どんだけタイヘンだと思ってるの?
 家政婦じゃないのよ!
 だいたいね…」…クドクド
 だと簡潔じゃない

こうではなく、具体的に簡潔に、
「(ワタシが寝た後の)深夜の食事の片付けを
 自分でやって欲しいんだけど…大丈夫かな?」
と伝える。

ここも、家事自立のための要素と同じ。

そういった話すらできない関係の場合には、
まず「あいさつから」とも書かれていました。

「おはよう」「おやすみ」
「いってらっしゃい」「ただいま」 「おかえり」
「いただきます」「ごちそうさま」

ここも同じだ。
「もう家族の家事参加には期待していない」
という、諦めた人と人との間には、
挨拶さえ存在していない。

似ている!
家事依存も構造は似ている。

家事依存の場合には、
家事依存させる圧力が存在します。
「男子厨房に入らず」
「男は仕事、女は家事」
など。
一時期は、その圧力は強大でしたし、
未だに、その圧力の中で、
依存状態の人も大勢います。

自分は家事自立したいのに、
依存させられている人もいます。
もともと自立すら考えられない人もいます。
自立してもらっては困ると考える人もいます。
そして、家事自立して欲しいのに、
家事依存されて困っている人も大勢います。

アルコールや薬物、ギャンブルではなく、
依存する(させる、される)対象は人間です。
関係性で成り立つ家族という集団の中の人間です。

依存し、依存してもらう関係を
愛情による関係だと勘違いしている人もいますが、
それは「共依存」。
ややこしいのは、
それが家事と引き換えに、
経済的にも「共依存」し合っていることです。

よくあるのが、
妻が働きに出ようとするのを拒否する夫です。
「僕の稼ぎで十分じゃないか」
「君は家で家事をしてくれたらいい」
というのは、立派な
「イネイブリング」
です。

依存症の定義にあった、3番目の
・”ほどほどに”ができない
について、上では、
家事依存には当てはまらないかも…としましたが、
家事依存にもいえるような気がしてきました。

共働き共家事で
基本は一人一自事。
そのうえで、シンドイ時はお互い様。
頼り頼られる関係というが、
依存にならない”ほどほど”な関係だと思います。

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