今を生きるために食べる!


毎日の食事。料理自体がキライなわけではないけど、かといって僕は「どんなに忙しい時でも手を抜かず…」という、雑誌に登場するような「ステキな主婦(主夫)」ではありません。外食、冷凍食材、出来合いのお総菜、半調理食材など、あらゆるモノを活用しながらの、毎日の料理。

ふと…冷蔵庫もなく、店もなかった時代や、家にはかまどが一つだけという時代に、人々はいったいどうやって料理していたのだろう?その時代の料理に、現代の多忙社会を生きる僕たちにも活かせるノウハウがあるのでは?そもそも、昔(の庶民←ここ重要!)はどんなモノを食べていたのだろうか?が知りたくて、いろいろ書籍や資料を眺めています。宮廷料理や将軍様の料理など眼中なし。ひたすら庶民料理の歴史を探っています。

ものすごく簡単にいうと、長年の調理環境、とくに水の確保と火を使う場所が限られたことから、一汁一菜どころか一汁のみ。例えば、かまどで米を炊くと(米食自体、最近のことだけど)あとは、囲炉裏くらいしか火がない。そこにはたいてい「ごった煮」の鍋が吊られている。それをつつきながらの主食。もしくは炭水化物もその鍋の中で煮る。

決まった時間ではなく、腹が減ったらそれを食べる。家族揃って「いただきます」で食べるのはごく最近の風習。長年、個食だったという説もかなり有力。家族は農作業でズッと一緒に過ごすから、食事がバラバラでもそれはそれで夫婦や家族の繋がりは確保されていたそうな。そんな食事で日々を過ごし、何百年、何千年と命を繋いできたのが、僕たち庶民のご先祖様達。

外国に目を向けると、現代の欧米(こういう括り方はエエ加減ですが)では冷凍食品が充実。値段もお手頃だし、調理時間も短くてすむ。平日の料理はたいてい冷凍食品をチン。ドイツのキッチンがキレイなのは、そこでたいした料理をしないから!一方で、アジア諸国に目を向けると、安い美味い多種多様という外食(とくに屋台)が充実。あれだけ手軽に安く外食ができれば、わざわざ暑い家で料理する必要はなくなるというもの。

今とは違う時代と比べ、こことは違う場所と比べ、今ここでしている料理を振り返ると、歴史的にも世界的にも非常に珍しい特殊な料理事情だといえます。

「伝統的な料理」「こうあるべき料理」を、一歩下がって眺めると、それらを「作らねば」「頑張らねば」という切迫感から、少し解放されることでしょう。「伝統」とは他人の所行です。今その場で生きているのはあなたです。他人の所行よりも、あなたがそこで今食べたい物、そこで今したい料理をまずは考えましょう。自分に余裕がある時だけ、いろいろチャレンジすればいいのです。簡単でイイんです。冷凍食材でイイんです。外食続きでもイイんです。今を生き抜かない限り、伝統もへったくれもありません。伝統のために料理をするのではないのです。
 

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